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    <title>株式会社せろり企画</title>
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    <description>・一人でも多くの人の癒しと笑顔の為に！&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・一人でも多くの人の未来を照らす灯台に！&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・一人でも多くの人の将来を決める羅針盤に！&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
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    <title>元商社マンの奮闘回顧録(11）</title>
    <description>新人研修で同期の皆と初めて顔を合わせた。商社を希望する人間ばかりだから内気な奴など誰もいず、あっという間に皆が仲良くなった。それこそ何年も前から知り合いであったように。

びっくりしたのは日商岩井より上位の総合商社を断った人間が多数いた事だ。
我輩は第...</description>
<content:encoded><![CDATA[
新人研修で同期の皆と初めて顔を合わせた。商社を希望する人間ばかりだから内気な奴など誰もいず、あっという間に皆が仲良くなった。それこそ何年も前から知り合いであったように。<br />
<br />
びっくりしたのは日商岩井より上位の総合商社を断った人間が多数いた事だ。<br />
我輩は第一希望だからなんの迷いもなかったが、えらい悩んだ人間もいた。<br />
<br />
そりゃそうだろう！巨人からの指名を断って他の下位チームにいこうというのだから親の反対にもあったようだ。理由は面接試験を通じて人事の人に惚れたからというのが一番多かった。<br />
<br />
特に東京には藤井次郎という社内では超有名な名物人事課長がいた。社長の名前は知らんでもこの人の名前を知らない人はもぐりといわれるくらいの人だ。<br />
<br />
風貌はプロレスラーのブッチャーに似ていて決して男前というわけではないが（失礼！）その人柄は超男前であった。男が男に惚れるというやつですか。<br />
<br />
不思議な縁で我輩の仲人もして頂き、結婚式での自己紹介のフレーズは「海部は八郎、藤井は次郎！」であった。この方の事はまたゆっくり話すが、ともかく当時は侍のようなユニークな人が多かった。<br />
<br />
研修のスタイルはユニークで座学で学んだのは「一期一会」くらいしか記憶にない。後は、スポーツ、富士山登山、チームを作って芸をきそいあう等々であった。まさに知力より体力といわんばかりであった。<br />
<br />
そして若手の先輩が各チームのリーダーとして参加し、会社の事とかも色々教えてもらった。我輩も入社後、リーダーとしてこの研修にも参加した。<br />
<br />
新しい仲間、新しい社会人としてのスタートに何も知らずに胸を躍らせていた入社前であった。<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject></dc:subject>
    <dc:date>2008-07-30T14:43:40+09:00</dc:date>
    <dc:creator>yukihira</dc:creator>
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    <title>元商社マンの奮闘回顧録（１０）</title>
    <description>内定から入社まで会社に束縛されることはなかった。入社までに簿記の通信講座を受講させられたことくらいである。簿記などやった事がなかった我輩にとってはこれはこれで新鮮でおもしろかった。

入社前の3月に内定者約60名（大阪20名、東京40名）は研修の為　箱根の研...</description>
<content:encoded><![CDATA[
内定から入社まで会社に束縛されることはなかった。入社までに簿記の通信講座を受講させられたことくらいである。簿記などやった事がなかった我輩にとってはこれはこれで新鮮でおもしろかった。<br />
<br />
入社前の3月に内定者約60名（大阪20名、東京40名）は研修の為　箱根の研修施設に集められた。初めての同期との顔合わせである。<br />
<br />
施設について受付のところに宿泊の部屋割りがはってあった。その部屋割りに従って各自宿泊の部屋に荷物をおいた。我輩の部屋にいってみると既に東京からの先客がいるようでハンガーに服がかかっていた。<br />
<br />
その服がえらい流行遅れの服で、他の大阪の内定者と「今時　こんな服着る奴は東大生くらいやで」と冗談をいっていたら突然、当人が部屋に戻ってきて「東大のＫです。宜しく！」であった。<br />
<br />
あまりのドンピシャに大笑いしてしまった。本人はなぜこんなに笑われているのか知るよしもなかったが。<br />
<br />
これがＫ君との長い付き合いのはじまりであった。我輩にとって初めてみる東大生。東大生は別の生き物と思っていたが、中田カウスに似た容貌でお世辞にもエリートとか頭が切れるイメージではなかった。人のよさそうな顔つきであった。<br />
<br />
Ｋ君は我輩に多くの影響を与えてくれ、そして我輩より先に会社を辞めた。<br />
<br />
理由は会社の経営がおもわしくない中、組織再編、人員削減が行われる過程で管理職として何も責任をとらなくていいのか？という実に正義感の強い彼らしい理由からであった。<br />
<br />
次の就職も決めているわけでもなく、どないするんやろ？と心配していたら、突然大分県知事に立候補。<br />
結果は僅差で落選したが、翌年の衆議院選挙に出馬し当選。すごいやっちゃ。同期の仲間の心配など余計なお世話であった。<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject></dc:subject>
    <dc:date>2008-07-26T16:12:31+09:00</dc:date>
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    <title>元商社マンの奮闘回顧録（９）</title>
    <description>14年前の4月１日、突然、会社の人事から我輩の自宅に電話があった。
「悲しい報告だが、Ｍ君が駐在地のマニラで亡くなった。ついてはご家族が帰国される際に空港まで一緒に迎えにいってほしい」というものだった。

4月１日、エイプリルフール　悪い冗談かと最初は思っ...</description>
<content:encoded><![CDATA[
14年前の4月１日、突然、会社の人事から我輩の自宅に電話があった。<br />
「悲しい報告だが、Ｍ君が駐在地のマニラで亡くなった。ついてはご家族が帰国される際に空港まで一緒に迎えにいってほしい」というものだった。<br />
<br />
4月１日、エイプリルフール　悪い冗談かと最初は思った。信じられなかった。<br />
人１倍　頑強な体の持ち主だっただけに、病死など考えられなかったからだ。<br />
<br />
関西国際空港にはラグビー同好会の連中も皆来ていた。そして憔悴した奥様と<br />
お子様を迎えた時、初めて彼の死を現実のものとして受け入れざるをえなかっ<br />
た。<br />
<br />
その後　色々事情を聞くに、彼の部署はマニラのオフィスの中でも利益が上が<br />
らず、かなり悩んでいたという。まじめで頑張屋のＭ君にとって利益貢献がで<br />
きていないということは、実に悩み深いものだったと思う。後に我輩も北海道<br />
支社に転勤し、支社のお荷物といわれた部署に赴任し、その辛さを味わった。<br />
<br />
商社にとって数字が全て。自分の力でなくても儲かっている部署、商権のある<br />
部署に属していればでかい顔ができる。逆にどんなに頑張って逆立ちしても数<br />
字が上がらなければ肩身が狭く、悩む。「正に勝てば官軍」の世界だ。<br />
<br />
国内なら相談相手、ストレスのはけ口もあろうが、異郷の地ではそれすらかな<br />
わない。まじめで頑張屋のＭ君も最後の最後まで悩み苦しんだのではないだろ<br />
うか。<br />
<br />
商社マンは確かに過酷だ。加えてプライドが高く、弱みをみせれない。頑張り<br />
すぎるのだ。我輩のまわりの先輩、後輩も若くして亡くなり何度何度も悲しい<br />
葬儀に列席することとなった。<br />
<br />
突然のＭ君との訣別であったが、その後、奥様がＭ君の所属する金属本部の子<br />
会社で元気に働く姿をみれた事は多いに救いであった。<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject></dc:subject>
    <dc:date>2008-07-24T15:20:44+09:00</dc:date>
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    <title>元商社マンの奮闘回顧録（８）</title>
    <description>キャプテンＭ君の彼女（奥さん）はラグビー同好会のマネージャーでマドンナ的存在。彼女自身も三和銀行に内定。結婚前提だったのでＭ君の内定に対しても事のほか喜んでいた。

我輩にも交際している女性はいた。現在の嫁だ。我輩が「鬼」と呼ばれていた事から皆には「鬼...</description>
<content:encoded><![CDATA[
キャプテンＭ君の彼女（奥さん）はラグビー同好会のマネージャーでマドンナ的存在。彼女自身も三和銀行に内定。結婚前提だったのでＭ君の内定に対しても事のほか喜んでいた。<br />
<br />
我輩にも交際している女性はいた。現在の嫁だ。我輩が「鬼」と呼ばれていた事から皆には「鬼姫」と呼ばれていた。幸いにも「鬼嫁」ではない。<br />
<br />
我輩が内定したことを知らせても大して喜びもしない。Ｍ君の彼女はあんなに喜んでくれているのに！と腹がたった。ある日「なんで　もっと喜んでくれないんだ！」と文句をいったら「落ちたとしても変わらない」と言われて我輩目が覚めた。<br />
<br />
確かに結果は一番希望した会社に決まったが、最悪の時にはどこにもいくあてがなく、嫁が勤めていたアパレル関係の中堅商社にも面接にいったが、その時も嫁は何も言わなかった。<br />
要は社会的地位、肩書きではないということだ。<br />
<br />
結婚後も今まで嫁は、「ご主人はどちらにお勤め？」と聞かれても「大阪本町のあたり」と「札幌駅の近く」としか答えないようだ。<br />
<br />
人はうまくいっている時はどうしても天狗になってしまう。特に若ければ若いほど。会社でも仕事が成功すると天下をとったようにはしゃぐものがいる。周りが全く見えなくなるようだ。決して自分一人の力ではないことにすら忘れてしまうから気をつけたいものだ。<br />
<br />
入社後、Ｍ君は大阪本社勤務。我輩は東京本社勤務となり直接仕事を一緒にすることはなかったが、プライベートでは家族同様の付き合いをし、我々夫婦で大阪に行った際は家に泊めてもらったりもした。楽しい日々であった。<br />
<br />
あの頃には先に不幸が待っていようとは夢にも思わなかった。<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject></dc:subject>
    <dc:date>2008-07-22T11:52:18+09:00</dc:date>
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    <title>元商社マンの奮闘回顧録（７）</title>
    <description>日商岩井３次面接。
２次面接はたったの５分のぼろぼろ結果と思っていただけに喜びいさんで試験場へ。が、待合室で嫌な男にあってしまった。最もここであいたくなかった男だった。

同じラグビー同好会のキャプテンのＭ君。

ＯＢからはは同じクラブからは２人も採用...</description>
<content:encoded><![CDATA[
日商岩井３次面接。<br />
２次面接はたったの５分のぼろぼろ結果と思っていただけに喜びいさんで試験場へ。が、待合室で嫌な男にあってしまった。最もここであいたくなかった男だった。<br />
<br />
同じラグビー同好会のキャプテンのＭ君。<br />
<br />
ＯＢからはは同じクラブからは２人も採用しないと聞いていた。当然である。関学からだけでも何百人も受験し、採用はわずか４〜５人である。そんな狭いフィールドから同じ系統の学生を２人も採用するのは理にあわない。<br />
<br />
顔を合わせながら、お互いに「やっぱりお前も残っていたか・・・」<br />
<br />
心中穏やかでなかった。彼はキャプテン、我輩は３年からの入部。キャプテン１浪、我輩２浪。客観的条件では勝てない。えーい　後は野となれ山となれ。<br />
<br />
３次面接は重役面接。<br />
噂では絶対に学生には訳せないような英文を渡し、ピンチに直面した時の対応ぶりを見るとか、「特技は何ですか？」「英語です」と答えようものなら英語がペラペラに喋れる社員を連れてきて試されるとか聞いていた。<br />
<br />
だが、面接は実にあっけなかったし、とんでもないことも聞かれなかった。だから逆に何を聞かれたかもあまり記憶にない。<br />
<br />
一つだけ記憶にあるのは特技を聞かれたこと。<br />
周囲を見回してから「バイオリン演奏です」。小学校の時に１年間だけやっていたのは事実だし、まさか会社の中にバイオリンはないやろ・・・・。<br />
<br />
なんの手ごたえも得られなかった面接だったが、なんと結果は２人とも内定した。信じられなかった。二人とも多いに喜んだ。<br />
<br />
そして入社後も生涯無二の親友となるはずであった・・・。<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject></dc:subject>
    <dc:date>2008-07-19T21:55:49+09:00</dc:date>
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    <title>元商社マンの奮闘回顧録（６）</title>
    <description>いかん！この会社のＯＢは誰も知らない。志望動機が書けない。受付の御姉さんに「この会社は学閥はありますか？」「いいえ、ございません」「社員の方は明るく元気ですか？」「勿論です」

志望動機は「学閥もなく、自由闊達な雰囲気で社員の方は明るく元気で・・・」
...</description>
<content:encoded><![CDATA[
いかん！この会社のＯＢは誰も知らない。志望動機が書けない。受付の御姉さんに「この会社は学閥はありますか？」「いいえ、ございません」「社員の方は明るく元気ですか？」「勿論です」<br />
<br />
志望動機は「学閥もなく、自由闊達な雰囲気で社員の方は明るく元気で・・・」<br />
<br />
この会社との面談は今でもよく覚えている。なぜなら試験に対し、全く緊張感がなかったからだ。７人が一度に並べられての面接だった。こういう面接ではどちらの端から質問されてもいいように真ん中に座るのが鉄則。<br />
<br />
「君　字がきれいだね」「皮肉ですか？」<br />
「どうして当社が学閥がないなどわかるのかね？」「受付のお姉さんがいってました」後もこんな感じのやりとりであった。<br />
<br />
この時の面接で初めて想定外の質問を受けた。「長所は？」（これは短所を聞い<br />
てくる為の前振りだな？）想像通り次に短所を聞いてきた。そつなく短所を答<br />
えた後に想定外の質問。<br />
<br />
「ではその短所を直す為にどのような事をしていますか？」<br />
<br />
こういうのが本当にいい質問だ。事実を聞くだけでなく、その事実に対しどう<br />
考え、どう行動をしているのか。相手からそれを引き出すのがインタビュー<br />
の意義だ。<br />
<br />
テレビのインタビュアーが殺人事件で子供を亡くされた親に対し「今のお気持<br />
ちは？」などというふざけた質問をするのをみて、むかむかむかする。もっと<br />
勉強しろい！<br />
<br />
結果は？というとこの一次試験はトップでパス。自慢しているのではない。リ<br />
ラックスした平常心で事にあたることがいかに大事かということだ。<br />
<br />
入社後　幾多のトラブルに直面したが、機転が利く位に平常心を取り戻すまで<br />
は、絶対に動いてはいけないことをこの時に学んだ。<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject></dc:subject>
    <dc:date>2008-07-17T17:11:33+09:00</dc:date>
    <dc:creator>yukihira</dc:creator>
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    <title>元商社マンの奮闘回顧録（５）</title>
    <description>日商岩井には筆記試験はなかった。面接試験だけなら何も事前の準備はいらないのか？そうではないのだ！
我輩は幸いにも家庭教師先のご主人が銀行の人事課長をやられており、面接の際にどんな事を質問するのか、又その質問から何を判断しようとしているのか等教えて頂いた...</description>
<content:encoded><![CDATA[
日商岩井には筆記試験はなかった。面接試験だけなら何も事前の準備はいらないのか？そうではないのだ！<br />
我輩は幸いにも家庭教師先のご主人が銀行の人事課長をやられており、面接の際にどんな事を質問するのか、又その質問から何を判断しようとしているのか等教えて頂いた。それに従いＡ型の性格で用意周到に答えも準備した。<br />
<br />
日商岩井の二次面接。指定された時間にいったが前の受験者の面談がなかなか終わらない。かなりの時間を費やしてでてきた彼は微笑んでいた。なんなんだ　この微笑みは？そしてやっと我輩の番になった。<br />
<br />
試験官「君は英語の方はどうですか？喋れますか？」<br />
<br />
（織田裕二ではないが、きた・・・！！ちゃんと準備してますよ！）<br />
我　輩「はい、今は喋れませんが入社するまでには猛勉強して喋れるようにします」<br />
（どうだ、嘘はつかず、且つポジティブな回答、満点だろう！！）<br />
<br />
試験官「みんなそういうんだよな、だけでそんなに簡単にはできないよ！と　　　　ころで尊敬する人は？」<br />
<br />
（きたきたきた！これも準備してますよ）<br />
我　輩「はい、無償の愛とやさしさでマザー・テレサを尊敬してます」<br />
<br />
試験官「そうですか、でも理想の人物とは程遠そうだな！はいもう結構です　　　　よ　ご苦労様」<br />
<br />
なんだなんだなんだ！この辛らつなコメントは。しかもたった５分だけかよ！頭が真っ白になった。やばい、他受験しているのは長瀬産業だけだ。滑り止めの企業が無いのに気付いた。<br />
<br />
もう商社ならどこでもいい。ふらふら大阪本町を歩いていると会社説明会の看板があったので、全く予備知識はないが夢遊病者のようにふらふらと受付にいって面談申込書を記入した。「住金物産」という会社だった。<br />
<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject></dc:subject>
    <dc:date>2008-07-15T11:34:05+09:00</dc:date>
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    <link>http://blog.serorikikaku.com/?eid=683867</link>
    <title>元商社マンの奮闘回顧録（4）</title>
    <description>当時　就職活動は4年生の10月1日が解禁日。3年の頃からは大学の就職課のスタッフと面談があり準備がはじまるわけだが、我輩の成績、家庭環境等々から中堅企業の就職を勧められ我輩も納得していた。

ところが秋になって5人しかいないラグビー同好会の4年生の内、2人が伊...</description>
<content:encoded><![CDATA[
当時　就職活動は4年生の10月1日が解禁日。3年の頃からは大学の就職課のスタッフと面談があり準備がはじまるわけだが、我輩の成績、家庭環境等々から中堅企業の就職を勧められ我輩も納得していた。<br />
<br />
ところが秋になって5人しかいないラグビー同好会の4年生の内、2人が伊藤忠と日商岩井に内定した。他3人も商社ではないが、一部上場企業に内定した。<br />
<br />
これには驚かされた。「えっ　あの先輩が！・・・」普段でもあほな事ばかり言っており、宴会では特に無茶苦茶やるような人達ばかりなのである。<br />
<br />
これには勇気を頂いた。身近な人がいくとなると雲の上に考えていた企業が現実感をおびてきた。「受けるだけでも受けてみようか・・・」と。<br />
<br />
企業との面接で100％聞かれる事がある。「志望動機」である。なぜたくさんある同業種の会社の中からうちを選んだのか・・・。そしてこれが一番難しい。皆もしっかり答えを用意しているだけにどう差別化すれば・・である。<br />
<br />
学生が企業の中身などわかるわけがない。本音は有名だから、給料がいいから、休みが多いから、親が勧めるから・・。しかし本音はいえない。<br />
<br />
我輩はここで先輩達をしっかり利用させて頂きやした！<br />
<br />
「クラブの先輩の○○さんがこちらにおられ、学閥もなく、若い者にも裁量権を与えどんどん仕事をさせる会社だと申していました。事実○○先輩は生き生きとしておられ、目も輝いておられ・・（後はあることないこと、ほめちぎり）」。<br />
<br />
自分の会社の社員を褒められて気分を悪くする人は絶対にいない。おまけにこれだと会社の内容は知らなくても事前にＯＢ訪問さえしておけばどこの会社でも同じ志望動機で通用するから大変重宝した。<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject></dc:subject>
    <dc:date>2008-07-11T14:18:03+09:00</dc:date>
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  <item rdf:about="http://blog.serorikikaku.com/?eid=682891">
    <link>http://blog.serorikikaku.com/?eid=682891</link>
    <title>元商社マンの奮闘回顧録（3）</title>
    <description>さすがに、元島根代表のH君は上手かった。我輩とは技術の差があるのは歴然だった。

だがキャプテンはやさしい男だった。試合の前半と後半で我輩とH君を交代で出場させた。これがチームに大きな波紋をおこした。

試合に勝ちたい者は当然H君をフルで使いたかった。し...</description>
<content:encoded><![CDATA[
さすがに、元島根代表のH君は上手かった。我輩とは技術の差があるのは歴然だった。<br />
<br />
だがキャプテンはやさしい男だった。試合の前半と後半で我輩とH君を交代で出場させた。これがチームに大きな波紋をおこした。<br />
<br />
試合に勝ちたい者は当然H君をフルで使いたかった。しかし同好会の主旨を主張するものからすれば全員に出場機会を！である。どちらの考えも正しいのである。<br />
<br />
ただ組織というものが存続する為には皆が同じベクトルを向いていなくてはならない。さもなくばいずれ必ず空中分解をおこす。<br />
<br />
キャプテンはやさしい男だけに板ばさみにあってしまった。リーダーとは本当に難しいものだ。やさしさだけでは皆をひっぱってはいけない事を痛感した。<br />
<br />
我輩も悩んだ末、チームを去った。チームの為、皆の為などというような格好のよいものではない。チームのお荷物にはなりたくないし、このままでは自分が生かされない。自分の為である。<br />
<br />
そして高校の時にやっていたラグビーをもう一度やろう！と思い、3年の春、上ヶ原ラグビー同好会に入部した。<br />
<br />
この入部が我輩が日商岩井に入社する大きなきっかけとなった。<br />
<br />
「人間万事塞翁が馬」<br />
<br />
どこにどんなチャンスがころがっているかわからないものだ。ただしそのチャンスはかってに天から降ってくることだけは絶対にないようである。自分から動かない者には決して・・・。<br />

]]></content:encoded>
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    <dc:date>2008-07-09T17:44:09+09:00</dc:date>
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    <title>元商社マンの奮闘回顧録（２）</title>
    <description>時計の針を少し戻す。就職活動だ。なぜこの会社に入社する事になったのか？

我輩は高３の時、ほんの少し横道にそれてしまい2浪。やっとのおもいで、関西学院大学という関西の私学に入学。母子家庭だったので金銭的には大変な親不孝であった。少しでも金銭面をカバーす...</description>
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時計の針を少し戻す。就職活動だ。なぜこの会社に入社する事になったのか？<br />
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我輩は高３の時、ほんの少し横道にそれてしまい2浪。やっとのおもいで、関西学院大学という関西の私学に入学。母子家庭だったので金銭的には大変な親不孝であった。少しでも金銭面をカバーする為　バイトにいそしみ過ぎて成績は中の中。高校時代はラグビーをやっていたが、時間も金の余裕もなく、クラブ活動も断念。<br />
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正にどこにでもいる学生で実にぱっとしない経歴である。<br />
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1年生の終わり頃、同級生のA君が友達連中とサッカーの同好会を作ることになった。どうやらキーパーだけがいないようで、我輩にもお誘いがかかった。<br />
このチームへの参加が寝ていた我輩を起してくれるきっかけとなった。<br />
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サッカーはやった事がなかったが、手が使えるんだったらいいか！という気楽な気持ちからはじめた。新しい同好会だから大した連中はいないのかと思いきやとんでもなかった。全員が（正確には同級生のA君以外は）どこかの県の代表、ないしはチームのキャプテンの経験者ばかり。みんなうまいのである。<br />
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チームは当然思ったより強かったが、大きな穴があった。ご想像通りど素人キーパーの我輩である。ラグビーをやっていたので、攻めてくる相手選手とぶつかる事は怖くはなかったが、簡単にかわされて点をいれられる。フォワードはミスをしても点数に変化はないが、キーパーのミスは即相手の点数につながり、直接の敗因となり試合後一人で重いものをひきずった。<br />
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きつかった！お気楽な学生生活で久しぶりに挫折感も味わった。と同時にやってやろうやないの！と元気がでてきた。皆の愛のシュート練習（笑）のおかげでチームのお荷物状態からはなんとか脱した。<br />
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そんなある日、突然チームメートが元島根県代表のキーパーと連れてきた。
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    <dc:date>2008-07-07T17:43:28+09:00</dc:date>
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    <title>元商社マンの奮闘回顧録（１）</title>
    <description>我輩は元商社マンである。5年前にサラリーマンを卒業した。後悔はない。
23年間のサラリーマン生活であった。入社した頃を思い起こせば、よもや定年を迎えるまでに途中退社することになろうとは夢にも思わなかった。というより入社した会社が他社と合併しようとは想像だ...</description>
<content:encoded><![CDATA[
我輩は元商社マンである。5年前にサラリーマンを卒業した。後悔はない。<br />
23年間のサラリーマン生活であった。入社した頃を思い起こせば、よもや定年を迎えるまでに途中退社することになろうとは夢にも思わなかった。というより入社した会社が他社と合併しようとは想像だにしなかった。<br />
<br />
正に人生色々だ。<br />
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苦しい事もあった。試練もあった。悩みもあった。勿論楽しい事もあった。多くの素晴らしい人との出会いもあった。だがひいきめにみてもやはり辛いことの方が多かった。というより俗に言われる事だが、苦しかった事の方が思い出としてはよく残っていることを実感する。<br />
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我輩は1980年4月に総合商社である日商岩井（現　双日）に入社した。<br />
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配属先は船舶・航空機本部という部署で若い方はご存知無いかもしれないが、海部八郎というモンスターのような御仁が造り上げた部署だ。<br />
本部長席の後ろにはどくろの旗。日商岩井は総合商社の中で6番目の会社であったがこの本部はNO１のポジションであった。それだけにスタッフは猛者ばかりで、【海部軍団】と呼ばれ、一種異様な雰囲気の空間であった。<br />
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人事部の担当者に配属部署に連れて行かれる際「君のいく部署は社内でもきちがい部落（差別用語ですがニュアンスを伝える為に）と呼ばれているところだが・・・」と悲しそうな目で意味深な事を言われた事を思い出した。まさにその通りだった。<br />
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そして、この日が長い長い長い長い試練と苦悩のはじまりの日であった。<br />
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    <dc:date>2008-07-05T18:03:17+09:00</dc:date>
    <dc:creator>yukihira</dc:creator>
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